のちのちリタの大切な相棒になる犬、彼の呼び名の“ナントカ”というユニークなネーミングが気になりますよね。
これは主人公の女の子、リタが迷った挙げ句につけた愛称です。
危うく“クツシタ”や“ゾーキン”なんていう名前になるところだったのです。
絵本の中で呼び方を“ナントカ”に決めたときに、「名まえじゃないけど、なかなか いいかも。」という一文が出てきます。
つまり“何か”という意味合いで名付けられたのです。
この絵本のフランスの紹介文にもナントカは「名前のない犬」と書かれています。
“ナントカ”は原語のフランス語では“Machin”となっています。フランス人が話すときによく使う言葉で、“アレ”みたいな
意味合いがあります。名前が思い出せないものや名前が定かではないもの、人などを示すときに使う単語です。
読み方は“マシャン”と言うのですが、音だけ聞くと「私の犬」と言っているみたいだなと思いました。
フランス語で犬は“chien”と書き、「シャン」と読みます。そこに冠詞がつくのですが、
“私の”という所有冠詞(所有形容詞)をつけると、“mon chien”(モンシャン)になります。
“mon”は男性単数ですが、女性単数の場合は“ma”(マ)を使います。“chien”自体にも女性形があり、
きちんと書くと“ma chienne”となり、発音も変わります。
ですが、多くの場合“chien”を使うのが一般的で、小さい子供が覚えたばかりのちょっと間違った発音で「私の犬」と言っているように聞こえる気がするのです。ナントカが犬だけに、もしかして小さい子供が自分の犬のことを言うのを聞いて、
作者がその呼び方をひらめいたのではと想像がめぐります。
小さい頃の言い間違い語録って可愛くて、楽しくて、親にとっては宝物のような言葉ですよね。
それにしても名前のない犬なんて斬新ですよね。慣れ親しんだ夫婦が「おーい」と相手を呼ぶ感覚に似ているかもしれません。
適当に呼んでいるようで、そこには2人にしか出せない空気感があるのですね。
『リタとナントカ』を読んでいると、子供の時にだけ言葉がわかる特別な仲間なんだろうなという気持ちになり、
大人は少し切なくもなります。それと同時に今しかいない目の前の小さい我が子が愛おしくなって、
少しのイタズラは許せるようになるかもしれません。
ところで、“ナントカ”と呼ばれて犬は喜んでいるのでしょうか?ご心配なく、
思った以上にナントカはタフで細かいことは気にしないワンちゃんなのです!
(つづく)
著者プロフィール
福本舞衣子
家族とともに1歳でフランスに渡り、計約10年間、幼少期と10代をパリで過ごす。高校時代は、地元フランスの進学校のL文系へ進み、
フランス文学や詩について学ぶ。日本の大学でもフランス語を専攻。現在は日本在住。
著書に『星の王子さまが話してくれた世界一幸せになれる33の言葉』がある。